孤独のクラシック

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

テムズの優雅な舟遊び。ヘンデル『水上の音楽』~古楽器で聴く結婚式の定番曲6

結婚式の定番曲、6曲目は、わがヘンデルです。『水上の音楽 Water Music』はヘンデルの代表作で、一般的には〝ヘンデル=水上の音楽〟は、〝ベートーヴェン=運命〟のような組み合わせでしょう。

アラ・ホーンパイプ

『水上の音楽』は前回取り上げました、G線上のアリアを含むバッハのフランス風序曲と同じ管弦楽組曲で、3つの組曲があります。第1番ヘ長調、第2番ニ長調、第3番ト長調がありますが、結婚式でよく使われるのは、トランペットが使われ、最も華やかな組曲第2番の第2曲、『アラ・ホーンパイプ』です。

華やかな祭典を盛り上げることにかけては、ヘンデルの右に出る人はいません。

この曲も、結婚式のクラシックランキング上位の常連ですが、私としては、結婚式よりも卒業式のイメージです。自分の卒業式でも〝卒業証書授与〟の間、ずっと流されていましたし、吹奏楽部の娘にいたっては、先輩の卒業式でずっと生演奏でやらされ、辟易していました。笑

クラシックの名曲は、様々な場面でずっと使われるので、いくらいい曲でも〝耳タコ〟になってしまうのも、クラシックが一般的にはBGMの域を出なかったり、敬遠されたりしがちな理由かもしれません。

この一連の結婚式シリーズでは、そんな耳タコの曲を見直してもらえればと思い書いておりますが。

イタリアのヘンデル

さて、この曲の成り立ちには歴史上の有名な出来事がからんだエピソードがあります。

ヘンデルはドイツ・ザクセン地方の小都市ハレの生まれで、幼い頃から音楽に非凡な才能をあらわし、20代前半にはイタリアに赴いて作曲、演奏し、名声を得ました。

特に、1709年にヴェネツィアで上演したオペラ『アグリッピーナ』は、以前ご紹介した後年のプラハにおけるモーツァルトフィガロの結婚』と並んで、歴史に残る伝説的ヒットとなりました。当時の批評を引用します。

聴衆はあまりに感動したために、何も知らない者が彼らの心動かされる様子を見たなら、きっと皆気が狂ったと思ったことだろう。ほとんど音楽が止むごとに、劇場には「ばんざい、ザクセン人!」という歓呼と喝采が轟いた。称賛の言葉はあまりに多く、逐一書き記せないほどであった。人々はヘンデルの音楽の偉大さと崇高さに肝を潰した。それというのも、このときまで彼らは、ハーモニーとメロディのもつ威力がこれほど密接に寄り添い、力強く結合されるのを聞いたことがなかったのである。*1

音楽の本場イタリアでここまでの成功を収めたヘンデルには、各国の宮廷からオファーが殺到しました。高名な音楽家を召し抱えるのは、君主のステイタスだったからです。

その中からヘンデルが選んだのは、ドイツのハノーヴァー選帝侯の宮廷でした。

ロンドンのヘンデル

しかし、着任後もハノーヴァー宮廷楽長の仕事はほとんどそっちのけで、さらなる活躍の場を求め、休暇をもらってロンドンに渡ります。そしてオペラ『リナルド』で大当たりを得て、また英国アン女王からは引き抜きをかけられて年金を与えられたりしました。

ヘンデルは、自分のメインステージはドイツの田舎宮廷ではなく、大都市ロンドンだと確信したことでしょう。

職務上いったんハノーヴァーに戻ったものの、すぐまた休暇をとってロンドンに渡り、帰国命令をごまかしつつ、ロンドンで活躍していました。

ところが、ヘンデルにとって意外な事態が訪れます。1714年、英国アン女王が子供のないまま亡くなり、血縁関係から、なんと、さんざん不義理を働いた主君、ハノーヴァー選帝侯オルグが、ロンドンに迎えられ、イギリス国王ジョージ1世として即位したのです。

ピンチになったヘンデルは、ジョージ1世がテムズ川で舟遊びをする機会をとらえて、素晴らしい音楽を作曲し、御座船の横で演奏し、ご機嫌を直してもらった、というのが、『水上の音楽』誕生のエピソードです。

しかし、ジョージ1世がヘンデルに対し怒っていたという形跡は全くなく、ジョージがロンドンにきてまもなく、御前で演奏もした記録もあるので、これは単なる伝説であるというのが今の定説です。

ヘンデルはそもそも、ハノーヴァー選帝侯に雇われるとき、旅行の自由を条件にしていますし、王も、高名なヘンデルを今度こそお膝元で使える、と喜んだのではないでしょうか。

ちなみに、今の英国王室はこのハノーヴァー家の直系ですので、ドイツ人ということになります。

実際、ジョージ1世は英語が話せなかったので、議会にはあまり出ず、政治は大臣に任せっきりで、故郷のハノーヴァーに滞在していることも多かったため、以後、イギリス国王は政治には口を出さない、という慣例ができ、〝国王は君臨すれども統治せず〟という英国型の民主主義が発展した、というのは世界史上有名な話です。

なお、後年第一次世界大戦で英国はドイツと戦うことになったとき、王家が〝ハノーヴァー家〟では戦いにくい、ということで、〝ウィンザー家〟と改称して今に至ります。 

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テムズ川上のヘンデルジョージ1世(想像画)

さて、ここでは第2組曲の第1曲序曲と、第2曲の『アラ・ホーンパイプ』をご紹介します。

第3組曲には序曲がないため、第2組曲と合体して演奏されることもあり、ここではその形になっています。そもそも、バラバラだった曲を出版社に組み合わせたので、曲の編成はCDによっても微妙に違うのです。

ヘンデル『水上の音楽 組曲第2/3番 ニ/ト長調 HWV349/350』

Handel : Suite no.2/3 in D/G major , HWV349/350

演奏:トレヴァー・ピノック(指揮)イングリッシュ・コンサート

Trevor Pinnock & The English Concert

第1曲序曲

トランペットの華やかな調べと弦楽合奏がかけあい、典雅にして、楽しげな音楽をテムズの川面に響かせます。 

第2曲アラ・ホーンパイプ

曲名は〝ホーンパイプ風〟ということですが、ホーンパイプとは、3/2拍子の英国のフォークダンスです。フランス風組曲ですから、これもダンスミュージックの組み合わせになります。ヘンデルのほかの曲より、あらたまった感じがするのは、やはり王様の前で演奏するからであり、だからこそ、今でもあらたまった場所で便利に使われているのですね。

国王がどんなにこの曲を気に入ったかは、当時の記録にも残っています。

この音楽会は一昨日(7月17日)に行われた。夕刻8時頃、国王は御座船に赴いた。そこに乗船を許されたのは、ボルトン公爵夫人、ゴドルフォン伯爵夫人、キールマンゼック男爵夫人、ウェア夫人、オークニー伯爵、それに寝室付侍従であった。その御座船の近くには数にして50名ほどの音楽家達を乗せた船が続き、彼らはあらゆる楽器、すなわちトランペット、ホルン、オーボエバスーン、ドイツ・フルート、フランス・フルート、ヴァイオリン、バスによる演奏をした。歌手はひとりもいなかった。その音楽は、ハレ出身で、陛下の首席宮廷作曲家、高名なるヘンデルにより特別に作曲されたものである。陛下はそれをことのほかお気に入られ、演奏するには1時間もかかろうというその音楽を3回、つまり、夕食前に2回、夕食後に1回繰り返させた。その夜の天候は祝祭にふさわしいもので、御座船や、音楽を聴きに集まった人々を乗せたボートは数えきれないほどであった。*2

実際、現代の演奏でも、湖の小島でオーケストラが奏で、周囲には恋人たちが乗ったボートがいくつも浮かぶ・・・という演出のコンサートの映像を見たことがあります。

 

ヘンデル:水上の音楽

ヘンデル:水上の音楽

 

ところで、この2曲をヘンデルはコンチェルトとして編曲しているのです。

原曲を聴き慣れた私としては、こちらの方がとても楽しく、思わず体がノッてしまうようなリズムなので、愛聴しています。こちらもご紹介します。 

Concerto in F, HWV 331: (without tempo indication)

Concerto in F, HWV 331: (without tempo indication)

  

Concerto in F, HWV 331: II. Alla Hornpipe

Concerto in F, HWV 331: II. Alla Hornpipe

イギリス王室、というと、華やかなイメージがありますが、もともとはヨーロッパの王家の中では質素で素朴でした。優雅で洗練された宮廷文化はフランスで生まれたものなのです。

英国も何度か革命を経験しますが、1642年の清教徒革命でチャールズ1世がクロムウェルによって処刑されたあと、共和政も破綻し、1660年に大陸にのがれていた王子チャールズ2世が復位します。

この頃から、フランスなど大陸の洗練された文化が珍しく英国で流行ります。ヘンデルのオペラがもてはやされたのもこの流れからです。英国では文化は主に輸入品でした。

イギリス料理はマズイ、などと言われてしまうのも、そのような質実剛健なお国柄から来ているのかもしれません。

  

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*1:ジョン・マナリング『故ジョージ・フレデリックヘンデル回想録』クリストファー・ホグウッドヘンデル』より 三澤寿喜

*2:ロンドン駐在プロイセン弁務官フリードリヒ・ボネットの記録。クリストファー・ホグウッドヘンデル』より 三澤寿喜

フランスの風。バッハ『G線上のアリア』~古楽器で聴く結婚式の定番曲5

結婚式の定番曲、5曲目もバッハです。『G線上のアリア』。これも超有名曲ですね。

結婚式のクラシックBGMランキングを載せたサイトがあったのですが、1位は『パッヘルベルのカノン』、2位が『主よ、人の望みの喜びよ』で、3位がこの曲になっていました。

原曲は『管弦楽組曲第3番ニ長調 BWV1068』の『第2曲 エール』になります。

18世紀のダンスミュージック

管弦楽組曲とは、『フランス風序曲(ウベルチューレ)』と呼ばれることもあり、フランスが由来の形式です。

〝エール〟はフランス語で、イタリア語では〝アリア〟です。

イタリアが〝歌の国〟とすれば、フランスは〝踊りの国〟でした。

オペラは17世紀初頭にイタリアで生まれ、歌を中心にストーリーが進んでいきますが、フランスに伝わると、歌より踊り、すなわちバレエが劇の中心となりました。

そして、舞曲、つまりダンスミュージックが多く作られたので、それらを聴く専用にまとめたのが管弦楽組曲です。

クーラント』『ガヴォット』『メヌエット』『サラバンド』『ブーレ』『ジーグ』『バディネリ』『ポロネーズ』などがバロック時代の舞曲のジャンルです。

現代なら『ハウス』『EDM』『ヒップホップ』『R&B』といった感じでしょうか。

有名な『ワルツ』はかなり後世になります。

ドイツには、文化としてはイタリア、フランス両方に影響を受け、いいとこどりしたものを創造した面があります。

音楽でも、バッハ、ヘンデルハイドンモーツァルトベートーヴェンブラームス、、、等々、ドイツ陣の存在感は圧倒的ですね。

フランス風とイタリア風 

さて、様々なジャンルの舞曲を組み合わせたのが管弦楽組曲で、バッハには4つありますが、全て1曲目には壮大な〝フランス風序曲〟が置かれています。

どこがフランス風かというと、まず前半はゆっくり、堂々とした付点リズムの「緩」から始まり、後半、テンポの速い「急」になる二部構成になっているところです。

これは、太陽王ルイ14世をはじめとしたフランス王の宮廷で演じられるにあたり、〝陛下のお出まし〟の音楽だったからです。

「緩」の部分で〝ガヤ鎮め〟を行い、王を迎える緊張感を高め、「急」の部分で廷臣を従えた国王が華々しく御成りになり、着座。そして舞曲が始まる・・・そんな光景が目に浮かびます。

バッハはそのような実用のためにこの曲を作ったのではないので、「急」のあとにもう一度「緩」を持ってきて、音楽的に完結させています。

これに対し、イタリアでオペラの最初に演奏される序曲は「急―緩―急」で、こちらはイタリア風序曲と言われます。

ちなみにフランスでは、バロック期の音楽をバロックとは呼ばず、〝フランス古典音楽〟と呼んでいます。

バロックは〝ゆがんだ真珠〟を意味し、もともとは〝不規則な〟とか〝いびつな〟といったネガティブな意味で使われたため、フランスではそれを嫌ったと言われています。

ヴェルサイユ時代のそんなフランス古典音楽も素晴らしいので、いつかご紹介したいと思います。

バッハは〝小川さん〟?

 バッハは、それまでの各地、各時代の様々な音楽を集大成し、完成させたので、〝音楽の父〟と呼ばれています。

BACHはドイツ語で〝小川〟を意味するので、ベートーヴェンは『バッハは小川ではない。メール(大海)だ。』と評しました。

ダジャレっぽいですが、様々な流れが全てバッハに注いでいることを言い得て妙です。

では、その堂々たる序曲から聴いてみましょう。

バッハ『管弦楽組曲第3番ニ長調 BWV1068』

 J.S.Bach:Suite no.3 in D major , BWV1068

演奏:トレヴァー・ピノック(指揮)イングリッシュ・コンサート

Trevor Pinnock, Simon Standage & The English Concert

第1曲 フランス風序曲(Ouverture) 

3本のトランペットとティンパニを使い、まさに王の威風堂々といった感じの壮大な曲です。おそらく、野外の祝典での演奏用に作曲されたと考えられています。 

Suite No. 3 in D, BWV 1068: I. Ouverture

Suite No. 3 in D, BWV 1068: I. Ouverture

第2曲 エール(アリア)(Air

一転、ヴァイオリンの独奏が情緒豊かに、きわめて美しい、としか言いようのない旋律を奏でます。しかし、組曲として通して聴くと、前後の曲との落差が大きすぎ、ここだけ世界が違うので、どうしても私は違和感を禁じ得ません。この曲を独立して聴き過ぎたせいでしょうか。舞曲ではないのに、ここに組み込まれているのも謎です。この曲が〝G線上のアリア〟と呼ばれるようになったのは、19世紀のヴァイオリニスト、アウグスト・ウィルヘルミが原曲をハ長調に移調し、ピアノ伴奏をつけて編曲してからです。ウィルヘルミは曲芸的に、ヴァイオリンの4本ある弦のうち最低音のG線のみで演奏したことからこの名がつきました。最初からG線のみで演奏するように作曲されたわけではありません。 

Suite No. 3 in D, BWV 1068: II. Air

Suite No. 3 in D, BWV 1068: II. Air

  ↓ Apple Music 未契約の方はこちらから試聴できます。

Orchestral Suite No. 3 in D Major, BWV 1068: I. Ouverture

Orchestral Suite No. 3 in D Major, BWV 1068: I. Ouverture

 
Orchestral Suite No. 3 in D Major, BWV 1068: II. Air

Orchestral Suite No. 3 in D Major, BWV 1068: II. Air

 

この上なく美しい曲ですが、私にはかなり切なく聞こえます。また縁起でもないことを言いますが、成らざる恋の苦しさ、のようなものを感じてしまうのは、私だけでしょうか。

バッハには胸に沁みる曲がたくさんありますが、成就した恋、恋人同士や夫婦の愛を感じるのは、私は『二台のヴァイオリンのためのコンチェルト』ニ短調の第2楽章の方です。こちらは結婚式で使われることはまずないですが。

感じ方は人それぞれですが、こちらはまた別項でご紹介したいと思います。

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待ち人来る!バッハ『目覚めよと呼ぶ声が聞こえ』~古楽器で聴く結婚式の定番曲4

結婚式の定番曲、4曲目もバッハのカンタータの曲です。『目覚めよと呼ぶ声が聞こえ』。前回の『主よ、人の望みの喜びよ』と同じくらい有名ですが、結婚式で奏でられる機会はやや少ないように感じます。

この曲も、原曲は『カンタータ第140番〝目覚めよ、とわれらに呼ばわる物見らの声〟BWV140』の第4曲の合唱曲(コラール)なのですが、バッハ自身がオルガン独奏用に編曲しています。

バッハのマイベスト

バッハは、自作カンタータのコラールの名曲を6曲集めてオルガン用に編曲して出版したのです。発行者の名をとって〝シュープラー・コラール集〟と呼ばれますが、今でいう〝マイベスト〟を出したといったところでしょうか。

その中でもよく演奏されるのがこの『目覚めよと呼ぶ声が聞こえ』です。

まずはこのオルガンバージョンをお聴きください。

バッハ『コラール〝目覚めよと呼ぶ声が聞こえ〟BWV645』

J.S.Bach:Six “Schubler”Chorales

Wachet auf , ruft uns die stimme , BWV645

演奏:トン・コープマン(オルガン)

Ton Koopman (Organ)    

先行し、繰り返される副旋律に乗り、コラールはペダルの低音で合わされます。まったく違う旋律が合体する奇蹟は、まさにマリアージュといってよいでしょう。

宗教改革が生んだコラール

コラール〟については前回も軽く触れましたが、〝コーラス〟とは違います。プロテスタント特有の賛美歌で、その成り立ちにはルターの宗教改革が関係しています。いや、関係しているというより、改革そのものと言ってもいいかもしれません。

マルチン・ルターは、サン・ピエトロ寺院の造営費の捻出などのために売り出した有名な免罪符(贖宥状)をはじめとしたカトリック教会の腐敗に対して、1517年にヴィッテンベルクの教会に『95ヶ条の論題』を貼りだして宗教改革をはじめました。

ルターの主張は、これまでカトリック教会が言っていた、ローマ教皇や聖職者を通してのみ神の恵みが与えられる、ということを否定し、聖書のみをよりどころとした〝聖書にかえれ〟というものでした。

当然大弾圧を受けますが、カトリック教会は主にドイツから搾取を行っていたこともあり、ルターらプロテスタントはドイツ諸侯の多くの支持を得て、ドイツ、そして北欧に広がります。

カトリック教会には、聖職者の権威や神秘的な儀式で信者に畏敬の念を起こさせる、という外面的な要素がありましたが、プロテスタント教会は、純粋に聖書を読んで神の言葉を聞き、生活を正しくして救いを待つ、という内面重視でした。

日本の仏教って・・・?

そのような宗教の二面性は、今の日本にもありますね。

お葬式や法事にお坊さんを呼びますが、読んでくれるお経の意味はさっぱり分かりません。

目覚めた人ブッダの教えですから、なにか人生の糧になる内容かもしれないのに、聖職者の神秘性を守るため、わざと分からなくしているのでは、と勘ぐりたくなります。

ただ、法事で法話のある宗派もあり、それはそれで、早く終わってくれないかな、などと思ってしまうので、勝手なものですが。笑

でも、戒名つけてもらうのにもランクに合わせたお布施が必要、となるとさすがに、地獄ならぬ極楽の沙汰も金次第なのか、今の仏教界にはルターは出ないのか?と思ってしまいます。

一方、座禅は内面的な何かを追求しているようで、イメージ的には本来の宗教的な感じがします。

神社でもらうお札やお守り、お寺の御朱印も、ルターに言わせれば免罪符と一緒でしょう。

でも、お経をあげてもらうと、故人になにかしてあげられたような気がして心が安まりますし、お守りも、つらいときに心の支えになってくれるのも事実です。

ですから、外面的なもの、内面的なもの、どちらを宗教に求めるかは人それぞれ、ということに尽きますね。

宗教でどちらが正しい、どちらが間違っている、ということにこだわりすぎると、いつかは殺し合いに、ひいては戦争になってしまうのは、歴史の示すところですし、残念ながら今でも起こっていることです。

グーテンベルク活版印刷

さて、内面を追求したルターは、ラテン語で書かれていて、お経と同じように一般人には意味が分からず、聖職者の独占物であった聖書を、庶民でも分かるドイツ語に訳しました。

聖書が、折しも発明されたグーテンベルク活版印刷で広く普及して、宗教改革を大きく前進させたのは有名な話です。

そして、これまで教会で司祭(神父)や司教、大司教が神秘的に重々しく挙行していた儀式、ミサの代わりに、みんなで心をひとつにして歌い、神の国に近づこう、というのがコラールでした。

ですので、誰もが歌えるよう、シンプルな旋律になっています。また、シンプルだけに心に響きます。ドイツで力強く歌われるコラールは、まるで石造りの大聖堂が震えるような感動を人に与えます。

ルターは自分でも、有名な『神はわがやぐら  Ein' feste Burg ist unser Gott』というコラールを作詞、作曲しています。

カトリック教会でも、中世以来歌われてきたグレゴリオ聖歌は、シンプルで心に染み入るものですが、時代が下がるにつれ、だんだんと派手になってきて、バロック時代にはほとんどオペラのように劇場化してきました。例のカストラートも、教会から劇場に進出していきました。

モーツァルトザルツブルク大司教のためにしぶしぶ作曲していたミサ曲にも、かなり世俗的な華やかさがあります。

宗教曲を聴くときは、このような歴史も踏まえて、カトリック音楽とプロテスタント音楽の違いを意識して聴くと味わい深いと思います。

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最初の活版印刷聖書、グーテンベルクの四十二行聖書の復刻版。グーテンベルクの故郷マインツで買って書斎に掛けています。

賢いおとめのたとえ

さて、カンタータに戻ります。 

この曲の歌詞も、聖書の次の記述を元にしています。マタイによる福音書から引用します。 

そこで、天の国は次のようにたとえられる。

十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。

そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。

愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。

賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。

ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった。

真夜中に『花婿だ。迎えに来なさい』と叫ぶ声がした。

そこで、おとめたちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。

愚かなおとめたちは、賢いおとめたちに言った。

『油を分けてください。わたしたちのともし火は消えそうです。』

賢いおとめたちは答えた。

『分けてあげるほどはありません。それより、店に行って、自分の分を買って来なさい。』

愚かなおとめたちが買いに行っている間に、花婿が到着して、用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉められた。

その後で、ほかのおとめたちも来て、『御主人様、御主人様、開けてください』と言った。

しかし主人は、『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』と答えた。

だから、目を覚ましていなさい。

あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。*1

〝天の国〟が来るときには最後の審判が行われて、正しい魂は天国へ、よこしまな魂は地獄に落とされる、ということになり、その時はいつ来るか分からないので、平素からちゃんと備え、よい心構えで生活していないと、この愚かなおとめのようになってしまうぞ、という教えです。

そもそも、花嫁を待たせて遅れる花婿の方が悪いのでは・・・と〝愚かなおとめたち〟が気の毒になってしまいますが、男女同権ではない頃のお話ですからね。

このカンタータは、この話を曲にしています。

 バッハ『カンタータ第140番〝目覚めよ、とわれらに呼ばわる物見らの声〟BWV140』

 

J.S.Bach: Wachet auf , ruft uns die stimme , BWV140

演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー(指揮)

モンテヴェルディ合唱団

イングリッシュ・バロック・ソロイスツ

John Eliot Gardiner & The Monteverdi Choir , The English Baroque Soloists

第1曲コラール合唱

ザッ、ザッという花婿たちが颯爽とやってくる足音。さあ来たぞ、という物見の声。いよいよ、という高揚感の裏で、眠り込んで起こされる花嫁たちの慌ただしさも伝わってくるような曲です。  

Wachet auf, ruft uns die Stimme, BWV 140: Chorale: Wachet auf, ruft uns die Stimme (Chorus)

Wachet auf, ruft uns die Stimme, BWV 140: Chorale: Wachet auf, ruft uns die Stimme (Chorus)

目覚めよ、とわれらに物見らの声が呼びかける、

はるかに高く、望楼の上から。

目覚めよ、エルサレムの町よ!

今、時は真夜中。

彼らは明るい口調で呼びかける、

賢い乙女たちよ、君たちはどこにいるのか、と。

さあ、花婿がやってくる。

アレルヤ

支度を整えなさい、

婚礼に向けて。

そして花婿を出迎えるのだ!

第4曲コラール

オルガン曲になった有名なコラールはこちらです。テノールで歌われます。   

シオン(エルサレムの古名)は物見らの歌うのを聞き、

その心は、喜びに踊る。

彼女は目覚め、急いで床を出る。

愛する友は、天から晴れやかにやってくる、

恵みを強さとし、真理を力として。

シオンの光は輝き、シオンの星は昇る。

さあ来てください、尊い冠よ、

主イエス、神の子よ!

ホサナ!

みんなで従っていこう、

喜びの広間へと。

そして晩餐をともに祝おう。*2  

Wachet auf, ruft uns die Stimme, BWV 140: Chorale: Zion hort die Wachter singen (Chorus)

Wachet auf, ruft uns die Stimme, BWV 140: Chorale: Zion hort die Wachter singen (Chorus)

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J.S. Bach:

J.S. Bach: "Wachet auf, ruft uns die Stimme" Cantata, BWV 140 - Choral: "Zion hört die Wächter singen"

 

歌詞の意味、まつわるエピソードからすれば、『主よ、人の望みの喜びよ』よりも、婚礼にふさわしいのではないでしょうか。

待ちに待ったあの人がやってくる。まさに〝待ち人来る〟の縁起の良いカンタータといえるでしょう。 

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*1:日本聖書協会新共同訳

*2:礒山雅訳 

祝〝授かり婚〟バッハ『主よ、人の望みの喜びよ』~古楽器で聴く結婚式の定番曲3

未契約の方はこちらから試聴できます。結婚式の定番曲、3曲目はバッハです。『主よ、人の望みの喜びよ』。これは、結婚式の定番というよりクラシックの定番であり、ピアノ発表会でもよく取り上げられる曲ですね。

ふつう、オルガンやピアノ、オーケストラで奏されますが、原曲は、『カンタータ147番〝心と口と行いと生きざまをもって〟BWV147』の第10曲、合唱曲(コラール)です。

教会のカレンダー 

カンタータとは、単に〝歌うもの〟という意味で、もともとは世俗の歌でしたが、主にドイツでは教会の礼拝で使われる〝教会カンタータ〟として発展しました。

バッハは、生涯の後半はドイツ・ライプツィヒの聖トーマス教会のカントル(教会音楽家、すなわち教会、ひいては町の音楽監督)として活躍、そこで生涯を終えました。

バッハの一番重要な仕事は、1週間に一度の礼拝用のカンタータを作曲、演奏することでした。

教会には『教会暦』というカレンダーがあり、聖書の出来事や聖人にちなんだ祝日や記念日があります。

日本でも、クリスマス(降誕日)やイースター(復活日)はクリスチャンでなくてもポピュラーですが、教会暦にはもっとたくさんあり、バッハはそのためにカンタータを毎週のように作曲、演奏せねばならず、5年分約500曲を作曲したと言われています。(現在残っているのは4年分約400曲)

カンタータは、その日についての牧師の説教に続いて演奏され、その内容を音楽で味わい、歌い、信仰心を深めるためのものでした。

聖なる妊婦同士の出会い

このカンタータ〝心と口と行いと生きざまをもって〟は、7月2日の『聖母マリアのエリザベト訪問記念日』のために作られました。

この〝エリザベト訪問〟という出来事は、マリアが大天使ガブリエルによって衝撃の〝受胎告知〟をされたあと、親戚のエリザベトを訪ねたことを指します。

まず、受胎告知の場面を聖書、ルカによる福音書から引用しましょう。 

六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。

ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。

そのおとめの名はマリアといった。

天使は、彼女のところに来て言った。

「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」

マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。

すると、天使は言った。

「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」

マリアは天使に言った。

「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」

天使は答えた。

聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神と呼ばれる。あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神にできないことは何一つない。」

マリアは言った。

「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」

そこで、天使は去っていった。

マリアはガブリエルにそう言ったものの、まだ半信半疑でエリザベトのもとを訪ねたのです。

そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。

そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。

マリアの挨拶をエリサベトが聞いたところ、その胎内の子がおどった。

エリサベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。

「あなたは祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。

あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。

主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」*1

この訪問でマリアは心からこの奇蹟を確信し、神に賛辞を送ります。それが「マニフィカト」で、バッハをはじめ、たくさんの作曲家が曲をつけています。

エリザベトは祭司ザカリアの妻でしたが、なかなか子供を授からず、同じく神のお告げにより高齢にして妊娠したところでした。

お腹の中で踊って祝福した胎児は、後に洗礼者ヨハネとなり、ヨルダン川でイエスに洗礼を授けることになります。

またこれにちなんで〝エリザベト〟は、英女王はじめ、多くの女性の名前につけられることになりました。

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エリザベトを訪問するマリア

さて、このカンタータは、このルカの福音書を牧師が朗読し、それについての説教を行ったあとに奏されます。

カンタータを構成する10曲の歌詞は、処女懐胎という信じがたい話を信じる者が救われる、という主旨です。

ガーディナーによる古楽器の演奏でお聴きいただきましょう。 

バッハ『カンタータ第147番〝心と口と行いと生きざまをもって〟BWV147』

J.S.Bach:Herz und Mund und Tat und Leben BWV147

演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー(指揮)

モンテヴェルディ合唱団

イングリッシュ・バロック・ソロイスツ

John Eliot Gardiner & The Monteverdi Choir , The English Baroque Soloists

第1曲『心と口と行いと生活が』

天使が吹く聖なる楽器、トランペットによって華々しく始まる合唱曲です。

心と口と行いと生活が

キリストについての証を

恐れも偽善もなしにしなくてはならぬ、

キリストこそ神であり救い主である、と。   

Herz und Mund und Tat und Leben, Cantata, BWV 147: I. Coro:

Herz und Mund und Tat und Leben, Cantata, BWV 147: I. Coro: "Herz und Mund und Tat und Leben"

終曲『主よ、人の望みの喜びよ

いよいよ、有名な『主よ、人の望みの喜びよ』です。

合唱部分は「コラール」といって、プロテスタント特有の賛美歌です。

誰でも歌えるよう平易な旋律になっていて、実際、参列者は歌って参加したのです。

ですので、この部分はバッハが作曲したものではありません。

それを盛り上げていくオーケストラ部分がバッハ作なのですが、単純なコラールの旋律と、華々しい、時には神々しい伴奏との組み合わせが絶妙で、天才的なのがバッハのすごいところです。

コラールについては、またあらためて触れたいと思います。

エスは変わらざる私の喜び、

心の慰めにして、命の糧。

エスはすべての悩みから守ってくださる。

エスは私の命の力、

目の喜びにして太陽、

魂の宝にして楽しみ。

だからイエスを離しません、

この心と視界から。*2   

Herz und Mund und Tat und Leben, Cantata, BWV 147: X. Choral:

Herz und Mund und Tat und Leben, Cantata, BWV 147: X. Choral: "Jesus bleibet meine Freude"

  ↓ Apple Music 未契約の方はこちらから試聴できます。

私たち日本人の多くは、初詣は神社に行き、結婚式は教会で挙げ、お葬式はお寺で、というように、特定の宗教へのこだわりは薄いですね。私もそのひとりですが。

この曲も、なんだか心癒され、祝福ムードにあふれているので結婚式のBGMになっているわけですが、キリスト教の宗教曲にはそれぞれにエピソードがあり、思いが詰まっていますので、それを知ると、味わいも格別になると思うのです。

この曲は、必ずと言っていいほど結婚式で聞きますが、予期せぬ妊娠に最初はとまどったものの、結果的には幸せを確信し、祝福される、というストーリーがバックグラウンドにありますので、特に〝授かり婚〟にふさわしい曲なのではないでしょうか。

 

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*1:日本聖書協会新共同訳

*2:礒山雅訳

愛しい木陰。『オンブラ・マイ・フ』(ヘンデルのラルゴ)~古楽器で聴く結婚式の定番曲2

結婚式の定番曲、2曲目はヘンデルの『オンブラ・マイ・フ』です。

速度表記をとって『ラルゴ』とも呼ばれます。

結婚式や披露宴では、オルガンやオーケストラだけで奏でられますが、原曲はオペラの歌です。

オペラ『セルセ』の冒頭、ペルシア大王のクセルクセス(オペラで使われるイタリア語でセルセ)が、感慨を込めてプラタナスの木陰で歌います。 

Ombra mai fù

di vegetabile,

cara ed amabile,

soave più

かつて、これほどに愛しく、優しく、

心地よい木陰はなかった

南仏の思い出

この曲をイメージする一人旅の思い出があります。

10年以上前ですが、パリに未明に着き、リヨン駅からTGVに乗って南仏に向かいました。

白々と夜が明けて、フランスののどかな田園風景が朝日に輝きます。

降りた町はアヴィニョン。中世の一時期にはローマ教皇庁が置かれていた古都です。

まずホテルにチェックインしたのですが、それが『クロワトル・サン・ルイ』という、16世紀の修道院を改築したホテルで、たいへん雰囲気のある、素晴らしいところでした。

白い回廊に囲まれた中庭には何本ものプラタナスの老大木があり、南仏の強い日差しが木漏れ日となって揺らいでいます。

そのプラタナスに手を置くと、頭の中には『オンブラ・マイ・フ』が流れました。まさに、歌詞の通りの情景でしたから。

都内の街路樹にもプラタナスは使われていますが、車が激しく通る横では、こんな感慨に浸ることはできませんね。

地元の銘醸ワイン『シャトーヌフ・ドュ・パプ』とともに、アヴィニョンは私にとってかけがえのない町になりました。  

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南仏アヴィニョンのホテル『クロワトル・サン・ルイ』

カストラートの光と影

さてこの歌は、実は結婚式にはふさわしくないエピソードなのですが、カストラート、すなわち去勢歌手のために書かれました。

カストラートは、少年のうちに睾丸を除去する去勢手術を行うことによって、男性ホルモンの分泌を抑えて変声期が来ないようにした男性歌手です。

そうすると、美しい天使のようなボーイソプラノのまま、大人の体格と肺活量で歌えるようになるので、劇場全体を圧倒する、それはそれは魅惑的で官能的な声になったそうです。

まことに非人道的なことですが、起源については、聖書にあるパウロの言葉に〝婦人は教会では黙っていなければならない〟とあるので、カトリック教会で賛美歌を歌う際に、女性歌手の代わりに導入された、という説があります。しかしこれが本当なら、おそらくパウロは教会でおしゃべりに夢中になっている女性たちに業を煮やして書いたのでしょうから、拡大解釈もいいところです。たぶん、不幸にして病気か事故で睾丸を失った少年が素晴らしい歌手になったので、大人たちのエゴでそうした歌手が生み出させていったのでしょう。

いずれにしてもトップクラスのカストラートは、今のスーパーアイドルのように全ヨーロッパに名声がとどろき、もてはやされたのです。

ヘンデルはロンドンでのオペラ興行のため、時々イタリアに渡っては有望なカストラート雇用契約を結んでいました。

最も有名なカストラートファリネッリで、その栄光と悲劇、またヘンデルとの確執を描いた映画があります。原題はそのまま『ファリネッリ』ですが、邦題は『カストラート』で、1994制作です。

課題はカストラートの声ですが、今はもちろん存在しないので、どう再現するかでした。

当時の記録ではカストラートの音域は広く、ファリネッリは3オクターブ半あったということですので、女声ソプラノでも、ファルセット(裏声)で歌う男声カウンターテナーとも違います。

この映画では、電子音楽技術を駆使して、男声と女声を巧みに合成し、カストラートの声の再現を試みています。

当時のバロックオペラの様子もよく分かり、素晴らしい映画になっています。

ヘンデルがやや“やな奴”に描かれているのが、ヘンデリアンでもある私としてはいささか・・・ですが 笑   

 

Son qual nave ch'agitata

Son qual nave ch'agitata

  • Ragin Derek Lee, クリストフ・ルセ, レ・タレン・リリック & Ewa Mallas-Godlewska
  • サウンドトラック
  • ¥250

※この映画ではオンブラ・マイ・フは出てきません。 その代わり、同じくヘンデルの素晴らしいアリア『涙流るる』がクライマックスを作っています。

 

さて、そんなわけで現代にはカストラートはいないので、オリジナルといっても無理です。そこで、代役としては女声のソプラノか、男声のカウンターテナーになりますが、私としてはカウンターテナーの方がイメージが近いように思います。

そこで、カウンターテナーのものをご紹介します。

ヘンデル『セルセ』より第1幕第1場『オンブラ・マイ・フ』

Handel Xerxes-Ombra mai Fu : Largget

歌:デイヴィッド・ダニエルズ

David Daniels

演奏:サー・ロジャー・ノリントン指揮ジ・エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団

Sir Roger Norrington & The Orchestra of the Age of Enlightenment 

Xerxes - Frondi tenere ... Ombra mai fù: Larghetto: Ombra mai fù

Xerxes - Frondi tenere ... Ombra mai fù: Larghetto: Ombra mai fù

  • ジ・エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団, ロジャー・ノリントン & デイヴィッド・ダニエルズ
  • クラシック
  • ¥200

ニッカのCM 

この曲が日本で一躍有名になったのは、1986年のニッカウヰスキーのCMで、ソプラノ歌手キャスリーン・バトルが歌ったことによります。私もこのCMを見て、本当にこんな美しい曲があるものか、と見とれたものです。ただ、当時は〝アメイジンググレイス〟の仲間のようなイメージで、そんなに古い曲とは思っていませんでした。

 
キャスリーン・バトル(Kathleen Battle) - オンブラ・マイ・フ(Ombra mai fù)

このCMの反響は大きく、スーパーニッカの売上は2割増となったそうです。

やはり、クラシックと酒は相性がいいようですね。

 

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遠い日の歌。『パッヘルベルのカノン』~古楽器で聴く結婚式の定番曲1

 結婚式や披露宴で流される定番クラシックは多いですが、もちろん編曲されたものなので、当時の楽器で演奏されたオリジナルの響きもぜひ!

聴き飽きた、という人も多いかもしれませんが…。

定番中の定番といえば、『パッヘルベルのカノン』。

これは、何度聴いても癒されますね。

パッヘルベルとは 

作曲したヨハン・パッヘルベルは、バロック期のドイツの作曲家ですが、1653年生まれ、1706死去ですので、1678-1741のヴィヴァルディよりも古い人です。ちなみにバッハとヘンデルは同い年で、1685年生まれです。

オルガンの奏者、作曲家として活躍し、音楽史上では重要な人なのですが、一般的に聴かれるのはこの『カノン』だけです。それなのに、クラシックの中でも知らない人はいない大ヒット曲になっているのは、まるで〝一発屋〟みたいです 笑

名前もどこか可愛いですね。

この曲の正式名称は『3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調』です。

カノン様式は、いわば〝輪唱〟で、〝カエルの歌が聞こえてくるよ〟のように同じメロディが2小節ズレて演奏され、これが何ともいえず心に沁みてくる効果があるのです。

通奏低音〟は、〝コンティヌオ〟と言ってバロック期の伴奏で、楽器はチェンバロがメインですが、チェロ、コントラバスを伴ったり、オルガンやリュート、ギターが使われたりすることもあります。

楽譜には低音部しか書いていないので、演奏者が適切な和音を加えていくため、演奏によって趣きがかなり違ってきますが、それも色々な演奏を聴き比べる楽しみの一つです。

 

原曲ではカノンとジーグがセットになっていますが、『ジーグ』はダンス音楽の一種です。

しかし、一般の演奏ではジーグはカットされます。

 

では原曲を、いつものピノック&イングリッシュコンサートの演奏でお聴きください。

パッヘルベル『カノンとジーグ ニ長調』 

Johann Pachelbel『Canon and Gigue in D major』

演奏:トレヴァー・ピノック(指揮)イングリッシュ・コンサート

Trevor Pinnock & The English Concert 

Canon and Gigue in D Major: I. Canon

Canon and Gigue in D Major: I. Canon

  

結婚式で流れる演奏は情緒豊かで繊細なのに比べ、古楽器の演奏は粗削りに聞こえるかもしれませんが、楽器ひとつひとつがはっきり独立して聞こえるので、よりストレートに曲の魅力が伝わってくるのではないでしょうか。

私はこの曲を聴くと、結婚式では縁起でもないですが、〝別れ〟をイメージしてしまうのです。人と人が出会い、そして別れていく…。〝サヨナラダケガ人生ダ〟という詩を想い出しながら、感慨に浸っています。

中学生のとき、『遠い日の歌』という合唱曲の楽譜に〝パッヘルベルのカノンより〟と書いてあり、この曲を知りました。

またキャンプファイヤーの前には、ドヴォルザークの『新世界より』を元にした『遠き山に日は落ちて』を歌いましたが、クラシックをアレンジして歌にするとき、日本人は〝遠い〟〝はるかなる〟といったイメージを抱くのでしょうか。

中学校の音楽室は〝遠い日〟の思い出となりました。

 

こちらの演奏もなおすすめです。

ラインハルト・ゲーベル指揮ムジカ・アンティクワ・ケルン 

ヨハン・パッヘルベル: カノンとジーグ

  • MUSICA ANTIQUA KOLN & ラインハルト・ゲーベル
  • クラシック
  • ¥250

 

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私の音楽遍歴。原点はヘンデル『調子の良い鍛冶屋』

このあたりで、私とクラシックとの出会い、そして今に至るまでの音楽遍歴をつづらせていただきたいと思います。

前世の記憶?デジャヴ?  

おそらく、幼稚園に上がる前くらいの頃だと思いますが、親の友人が、「ソノシート」をたくさんくれたのです。「ソノシート」など、若い人には分からないでしょうけど、ペラペラの、乱暴に扱うと破れてしまうようなレコードなのです。

針を落とすと立派に音が鳴るのが、今思っても不思議なくらいで。

安く、ペラペラなので、雑誌の付録にもよくついていたものです。

もらったソノシートに童謡に交じって、いくつかクラシックの小品がありました。

その中にあったのが、ヘンデルの『調子の良い鍛冶屋』。聴くと、なぜかものすごく懐かしい思いになり、大のお気に入りになりました。

私は、前世とか、生まれ変わりとか、科学的根拠のないものは基本信じられないのですが、あまりの懐かしさに、自分は前世はバロック時代のヨーロッパで生きていたのではないか…と思えるくらいでした。

チェンバロへの憧れ 

その演奏はピアノだったのですが、本来はハープシコード(当時はこの英語での呼び方の方が一般的でした。今ではイタリア語のチェンバロに統一されています。)という楽器で弾くものだということを知りました。

ラジオでチェンバロの音色を聴いて、すっかり魅了され、なんとしてもチェンバロで弾いた調子の良い鍛冶屋を聴きたくてレコードを探したのですが、どうしても入手できませんでした。

小学校の時になって、親がチェンバロで弾いたバッハのイタリア協奏曲、イギリス組曲のレコードを探して買ってきてくれたのですが、ようやく調子の良い鍛冶屋を聴けたのはCD時代のことだったように思います。

クラシック通のクラスメイト 

幼稚園の時には、親が『ペルシアの市場にて』や『剣の舞』などの小品の入ったレコードを何枚か買ってくれたので、ますますクラシックが好きになりました。

我ながらマセた子供だったように思いましたが、小学校に行くと、上には上がいるもので、すごいクラスメイトがいました。

彼はピアノも弾けて、本格的なクラシックに詳しかったのです。彼からショパンベートーヴェンの話を教えられ、大いに興味を持ちました。

彼はクラスにたいてい一人か二人はいるひょうきんなタイプでもあり、彼の一発芸は〝シューマンの死に方〟でした。ピアノを弾きながら、いきなり鍵盤に突っ伏して息絶えるのですが、そんなのオトナでも分かりませんね。笑

ベートーヴェンの『英雄』を薦められ、親に頼んだら間違って『皇帝』を買ってきて、これは違うよ、と怒られたこともありますが、後になって、『皇帝』を聴くと君を思い出すよ、と言ってくれました。

クラスにも何人かクラシック好きがいて、カラヤンのレコードを何枚持っているか、自慢し合ったりもしました。

学校の休み時間には必ずロッシーニの『セビリアの理髪師序曲』がかかるので、ひとり校庭に出て聴き入った覚えもあります。

家では、ベートーヴェンの『田園』を大音量でかけ、第4楽章が来ると妹と布団に潜り込む〝嵐避難ごっこ〟もしたりしました。

小学校の卒業式の夜、『第九』をひとりで聴いて、これからみんなバラバラになってしまうのだと悲しくなり、二重フーガのくだりで涙が出てきたのも思い出します。

とにかく、クラスメイトにも恵まれ、クラシックに思いきり親しんだ小学校時代でした。

クラスにはヴァイオリンが得意な女の子もふたりもいて、ひとりはヴァイオリン教師に、もうひとりは今でもアマチュアながら本格的な演奏活動を続けています。

この頃は、クラシック好きが〝孤独〟ではなかったなぁ、としみじみ思います。

映画『アマデウス』  

中学生になると、どっぷり松田聖子にハマって、いったんクラシックからは遠ざかります。笑

しかし、高校生の時に映画『アマデウスを観て、再びクラシック熱が高まり、古楽器を知ってさらに夢中になり、今に至ります。

歴史も、子供の頃から好きだったのですが、小学校高学年のときに吉川英治の『三国志』を読んで中国史に夢中になりました。

しかし、アマデウスによって、高校以降は西洋史にも興味がわき、結局、日本史も世界史も大好きになって今に至ります。

大学では、漢文が得意だったので東洋史を専攻したのですが、興味の主体は西洋に移ったので、転専攻試験を受けて2年生から西洋史専攻に移り、卒論はモーツァルトをテーマにしました。

そのため私の音楽話は、音楽の専門知識がないので、どうしても歴史エピソードが中心になってしまうのです。 

就職後、幸いにして仕事で海外各地に行くことができ、歴史の舞台をたくさん自分の目で見ることができました。

そんなわけで、クラシック音楽と歴史は私の人生そのものであり、このブログで、自己満足的ではありますが、思いをつづらせていただくことにしました。

『調子の良い鍛冶屋』は、ヘンデル組曲の一部ですが、独立した小品として広く親しまれています。

ピノックの演奏がやはり標準的だと思います。

ヘンデル『調子の良い鍛冶屋』

チェンバロ組曲第5番ホ長調 エールと変奏 HWV430)

Air and Variations “The Harmonious Blacksmith”

(Harpsichord Suite No.5 in E , HWV430)

演奏:トレヴァー・ピノック(チェンバロ

Trevor Pinnock 

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調子の良い鍛冶屋?チェンバロ名曲集

調子の良い鍛冶屋?チェンバロ名曲集

 

 

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